読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

pukeko's eye

この国の事を鳥の目(飛ばない)で観察。

BSP(BeSocialproject;社会復帰作戦)Vol.1


 f:id:kiwipukekokun:20170423035310j:image

昨日の夕焼けの写真をば。曇天の前日の夕方。
 
 
今回は日中やっていることをシェアしてみようと思います。
 
まず、生活の柱。仕事について。
ワーホリ時代からやっているNannyというお仕事は、現在週3回。
この仕事していると、お母さんを通して友人関係ができたりしそうじゃないですか。ところがどっこい。ママとNannyの間には大きな壁があり、なんと無く悩みは共通しないし、お子さんがいる女性といない女性とは子供の用事とは別の機会に会うって話にはならないんです。自分の子供がいない私とは話もなければ時間もない。加えて私がシャイなもんだから、公園やプレイグループといったソーシャルな場所に出向こうともニコニコしてることしかできないのです。
もう一つ掛け持ちの仕事をしようと試みたのですが、なかなか空いた日に都合よく雇ってくれる先が見つからず、週3勤務という理想の勤務体系をひとまずキープしております。
とりあえず生活ができる程度の稼ぎしか入らないのが唯一の問題です。
f:id:kiwipukekokun:20170423035758j:image

そして暇を持て余し、何をしているかというと、天気がいい日は外へお散歩に出かけます。猫が好きな方はよくされるのではないかと想像いたしますが、近所を歩いて猫に何匹出会えるかゲームをやります。

f:id:kiwipukekokun:20170423035727j:image
最近ローカル紙で、それを「cat safari」として紹介している記事を見つけました。70代の女性の方の趣味でした。そう、隠居生活の定番。てね。やめます、これ。
 

こんなのもはじめてみました。かぎ針編み。
f:id:kiwipukekokun:20170423035952j:image
ウェリントンにきてすぐのころ、家具なしの家を借りたのですがオーナーさんの計らいでソファーやベッド、テーブルチェアセットなんかをついでに貸して頂いていました。借り物を汚すまいと、黒い皮革のソファに青いベッドシーツを被せていたんですが目も当てられないほどださく、けれども借り物の寸法に合わせたソファーカバーをわざわざ買うのも気が引けて(そもそも買えないほど高く)この際だから編んじゃおうということで、編みはじめました。

ガサツな性格なもので、人様に差し上げたりお売りしたりする代物はできませんが、のんびり余暇を楽しむ一つの材料が、後に残って生活を飾るものとなるのは面白い事です。

 f:id:kiwipukekokun:20170423035917j:image

 

こんなところです。どうです?人と話さないでしょう?

ハンさんの帰りも早い関係で、隙間時間に読書やキーボードを弾いていると、一日が過ぎ去ります。
毎日楽しいんですけど、あれ、ここどこだっけ?って思う時多々あります。
 
何事もバランスが大事であると思う今日この頃です。
次回に実際社会復帰のため何をやるかを綴ろうと思います。
 

 


 日本の皆様お身体大切に。
かしこ。

脱スマホ生活の代償

f:id:kiwipukekokun:20170422122349j:image
 
誰がいってるか知らない、インターネット上の噂を鵜呑みにしたり、SNS上の友だちの数やいいね!の数ばかり気にしたり、休みの日外に出かけても、どんな写真を載せようか、どんな言葉を付けようかと考えていたり。そういった事に疲れてしまい、あと月々の支払いとかすぐ落として落ち込むこととか諸々の理由からスマホを手放す事を決意。

始めは手持ち無沙汰でしたが、今ではスマホのない生活を無理せず送ることができています。今まで惑わされてきた、意味の無い事から解放され、ニュージーランドでの生活を余すこと無く楽しめているように思います。


しかし一方で
ストレスレスな毎日。その代償として、時事ネタに興味がない、新しい人間関係を築くのが億劫、服飾やメイク道具から遠ざかる自分がいました。それが私の目指してたところと思っていましたが、同時に社会から解離しているような気持ちになる時があり、定年退職して隠居生活に入った人の生活となんら変わらない事に気付いてしまったんです。
 
私はまだ、隠居生活が似合う歳でもなければ、そんなことしてる場合じゃないと。この歳で隠居生活してたら本当にその歳になったとき、隠居生活やり尽くしてるじゃんよと。働き盛り、ストレスに免疫があるうちは、ちょっとばかしの刺激が必要やなかろうかと。考え直すに至りました。
 
現に、新しい人間関係を気づくのは億劫なのに、なんとなく知らない人に話しかけたくなる衝動が一ヶ月周期で起こります。トライするため外にでちゃあ、ヒヨって帰ってきてポロリと涙を流す一日。懲りて引きこもっては外に出て、誰とも話さず帰るの繰り返し。体が鈍ってしまったけど、心はやっぱり刺激を求めてるんです。
 
私は、脳みそフニャンフニャン人間です。
私は、脳みそフニャンフニャンアラサーです。

事実なんですが、自分でアラサーっていうのはあまり好きではありません。
アラサーって響きは、なんとも古いもののような、例えるなら書き込みだらけの辞書のようなイメージがするからです。同い年の人が自分を嘲笑してそう呼ぶ事に抵抗はありませんが、自分は絶対言いたくないと思ってました。
 
でも、現状に甘えている私が、自分をあえてアラサーと呼ぶは、古い自分という意味ではなく、書き込みだらけの辞書であることを戒めるため。
古本屋だと100円で売られちゃったり、もしくは無料で軒下に置かれちゃうような代物。でも、自分が、アラサーが、そういう辞書なんだとしたら、書き込みがあるから使いやすいじゃないですか。その辞書つかわないでどうするって話じゃないですか。書き込んで捨てるのは無駄だけど、その辞書を共有したり次の人に譲ったりすることで知識の幅が広がるってもんじゃあないですかあ!!!!
 
私は世界の片隅に使い捨てられた辞書になりたくないですね。ていうか、このままでは自ら廃品になってるよな物。
自分を大切にするつもりが、自分を廃品にしようとしてるなんて!!!!!
脳みそがアップデートできてなくて、しばらく歩かず退化しちゃった足のように、フニャンフニャンにふやけちゃいました。バランスを持ってして、もうちょっとだけシュッとしたいものです。
人付き合いも、あんまり上っ面なのはもう興味がないけれど、やはり天気以外の話をする誰か、ハンさん以外にほしいのです。

そして、いままでと、これからの生活のなかで、誰かが私と同じ体験をするやもしれず、その時に私の拙い文章が、悩み解決や打開策が開けるものとなることも無きにしも非ずとかんがえます。私の辞書、すこーしなりに培って来た知識をば、使ってくれる人見つけたいですね。
という思考回路を経まして、ブログを開設した次第です。
 
わたしの拙い知識、経験でも、必要としてくださる方、歓迎してくださる方がいらっしゃることを願って更新してみます。それをきっかけとして、少し、新しい情報や知識に興味を持ち、また社会に復帰する意気込みではじめたのです。
 
ニュージーランドの生活、国際結婚、わたしの仕事について、そして大好きな散歩コースなんかを綴っていきたいと思います。
脳みそふにゃんふにゃんになっちゃった私の再成長記でもあります。
自ら行動を起こして人に会いに行けるようになるまでに成長するのが目標です。それから遠い日本にいる友人に紹介できるブログに成長させたいです。あたし、頑張ってんの!つって。
 
でもひっそりと。
 
 

アラサーの脱隠居生活


皆さん、はじめまして。

f:id:kiwipukekokun:20170420114751j:plain


 
 
突然ですが、このブログをお読みの皆さんは、人付き合いが好きですか?苦手ですか?
私は、苦手だということが、ついこの間判明しました。
 
私は現在ニュージーランドで暮らしています。
私のパートナーハンさん(仮名)と二人で心機一転、親戚も友達も知り合いも誰一人いないこの地で、七転び八起き、三歩進んで二歩下がる日々を繰り返し、もうすぐ一年が経とうとしています。
 
心機一転に際し、私はスマホを手放し、情報機器はiPadと通話と国内SMSのみが使える小さな携帯電話に絞りました。それまでしていたツイッターを辞め、SNSをFacebookとinstagramだけにしました。
 


海外生活、脱情報過多社会、豊かな自然と余暇。
 


それは目まぐるしく日々を過ごす人には大変理想の生活スタイルかもしれません。

現に私は思い描いていた生活を手に入れたと思いました。

 
若い頃は、できる限り多くの人と出会って、たくさんの経験談を聞いて、目標なり夢なりを見つけるため、それこそ手当たり次第に人と会い、話を聞いていました。それが楽しくなって来て、私は人と話す仕事をするんだと思っていました。

 

でもその一方、そうする事に対して、抵抗がある自分をおそらくずっと抑えて行きて来ました。楽しいのはどうも自分の調子がいい時だけだと気づいてしまいました。

つまり私は人付き合いが苦手なくせにたくさん人間関係を築こうと必死でした。


そしてひょんなきっかけでハンさんと出会い、ハンさんと暮らし、ハンさんに着いてって海外生活をはじめてから、私の考えが変わりました。


ハンさんは元々人見知りでした。人タラシだが人見知りでした。自分がノッテル時だけ人と会ったり出かけたりし、大体は自分の心が開ける相手とだけいる。そういう人でした。ハンさんと出会ってから、私が大体の時を過ごす相手となり、その人付き合いの仕方の心地よさを知りました。
 
知らない人と肩肘張って愛想笑いして過ごすより、
気の置けない人と豊かな時間を作りたい。
 
友人や知り合いが遠い海の向こうにいると、後者の時間作りはいとも簡単になりました。むしろ、ハンさんと過ごす時間しかないくらいの生活と化しました。
その生活はストレスを知りません。
 
しかし物事にはどんな事にも一長一短があると思い知らされます。

 

私は人と会って話したり新しい刺激を得るのに臆病な

脳みそフニャンフニャン人間に成り果ててしまったのです。